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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)8308号 判決 1976年11月30日

原告

荻野勗

ほか一名

被告

中川善昭

主文

被告は、原告荻野勗に対し金一、六五九万八、九〇四円、原告友松イサに対し金一五〇万円及び右各金員に対する昭和四七年一〇月一〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告荻野勗のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、被告の負担とする。

この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告ら訴訟代理人は、「被告は、原告荻野勗に対し金一、七一三万七、〇二八円、原告友松イサに対し金一五〇万円及び右各金員に対する昭和四七年一〇月一〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決を求めた。

第二請求の原因

原告ら訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

一  事故の発生

荻野春野(以下「春野」という。)は、昭和四四年九月一〇日午後八時二〇分頃、東京都世田谷区野沢四丁目四番九号先交差点(通称・龍雲寺交差点)において、横断歩道を横断歩行中、折柄、同交差点を右折進行してきた被告運転の軽四輪貨物自動車(六品川せ九四四三号。以下「被告車」という。)に横から衝突されて頭蓋内損傷の傷害を受け、翌一一日午後三時五〇分右傷害により死亡した。

二  責任原因

被告は、被告車を運転し、前記交差点を右折後横断歩道を通過しようとしたのであるが、かかる際には、横断中の歩行者の有無を十分確かめ、歩行者がないことが明らかな場合を除き、進路前方の横断歩道の直前で停止することができるような速度で進行すべく、横断中の歩行者があるときには横断歩道の直前で一時停止をし、かつ、その運行を妨げないようにしなければならないにかかわらず、これを怠り、横断歩行中の春野に気付かず、漫然と進行し続けた過失により、本件事故を惹き起こしたものであり、民法第七〇九条の規定に基づき、春野及び原告らの被つた後記損害を賠償する責任がある。

三  損害

春野及び原告らは、本件事故により、次のとおりの損害を被つた。

1  春野の逸失利益並びに原告荻野勗の相続

(一) 春野は、本件事故当時、三八歳八か月で、美容院を経営し、一か月平均金一九万八、五一〇円の収入を得、経費並びに生活費として一か月金一〇万二、六一二円を支出し、差引き一か月金九万五、八九八円の純益を得ていたものであるところ、今後二四年間稼働可能であつたから、右金員の割合による右期間の総収入額からホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除し、春野の得べかりし収入の死亡時における現価を算出すると、金一、七八三万七、〇二八円となる。

(二) 原告荻野は、春野の養子で唯一の相続人であり、春野の死亡により、その逸失利益の侵害による損害賠償請求権を相続した。

2  葬儀費用

原告萩野は、春野の死亡に伴い葬儀をとり行い、葬祭費金二五万四、七五〇円、会食費金七、一二六円及び引物代金二二万八、五七〇円合計金四九万四四六円の支出を余儀なくされ、同額の損害を被つたが、このうち金三〇万円を被告に請求する。

3  慰藉料

春野は、原告荻野にとつては実姉であると同時に養母であり、原告友松にとつては実子であり、同原告は春野を老後の柱と頼んでいたものであり、原告らは春野の死亡により甚大な精神的苦痛を被つたものであるから、これに対する慰藉料は原告荻野につき二〇〇万円、原告友松につき金一五〇万円が相当である。

四  損害の填補

原告荻野は、自動車損害賠償責任保険(以下「責任保険」という。)から金三〇〇万円の支払を受け、これを自己の損害に充当した。

五  よつて、被告に対し、原告荻野は損害額合計金二、〇一三万七、〇二八円からてん補額金三〇〇万円を控除した金一、七一三万七、〇二八円及びこれに対する本件事故発生の日の後で、本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和四七年一〇月一〇日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、また、原告友松は金一五〇万円及びこれに対する前同様同日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三被告の答弁

被告は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

一  請求の原因第一項の事実中、原告ら主張の日時及び場所において、被告運転の被告車が春野に衝突して傷害を負わせ、その翌日春野を右傷害により死亡させたことは認めるが、その余の事実は否認する。

二  同第二項の事実は否認する。

三  同第三項1及び2の事実は、知らない。

同項3の事実は、原告ら主張の額が相当であることは否認し、その余の事実は知らない。

第四証拠関係〔略〕

理由

(事故の発生及び責任原因)

一  原告主張の日時及び場所において、被告運転の被告車が春野に衝突して同女に傷害を負わせたこと及びその主張の日に春野が右傷害により死亡したことは、当事者間に争いがない。

右事実に成立に争いのない甲第一、第二号証、第三号証の三、同号証の五ないし八並びに証人矢島トキ子の証言を総合すれば、本件事故現場は、世田谷区下馬一丁目方面(北東方向)から目黒区東ケ丘方面(南西方向)に通ずる歩車道の区分のある幅員約六メートル(ただし、本件交差点から東ケ丘方面にかけては、歩車道の区分のない幅員四・二五メートルの道路となり、同方面に向け車両進入禁止の規制がされている。)の都道五四九号線(以下「甲道路」という。)と大森方面(南東方向)から板橋方面(北西方向)に通ずる中央に車道中央線が引かれ、全車道幅員約二七・六メートル、その両側に歩道が設けられている都道四二四号線(通称・環状七号線。以下「乙道路」という。)とが十字路に交差している交差点であり、いずれの道路もアスフアルト舗装がされた直線、平坦な道路で、右交差点には、各方面に信号機が設置され、これによる交通整理が行われ、各道路の交差点出入口に横断歩道が設けられていること、本件事故当時は降雨中で、路面は湿潤し、乙道路の両側に約五〇メートル間隔に千鳥式に設置された水銀灯が点灯されてはいたが、現場付近は暗く、見透しの悪い状況にあつたこと、春野は、妹の矢島トキ子とともに右交差点の板橋側に設けられた幅員六メートルの横断歩道を東ケ丘方向に向け、他の歩行者に続いて、青信号に従つて横断歩行中、歩道際まで約八・六メートルの地点に至つたところ、折柄、被告が被告車を運転し、甲道路を下馬方面から東ケ丘方面に向けて進行し右交差点にさしかかり、同交差点の手前で信号待ちをした後、青信号に従つて発進し、右折の合図をしながら、右折態勢に入り、交差点中央で一たん停止して対向直進車をやり過ごした後、再度発進、右折して本件横断歩道手前に差しかかり、一応横断歩行者の有無を確かめはしたが、その際、被告は本件横断歩道手前に大森方面に向けて停止していた自動車の前照灯の光に眩惑されたうえ、被告車の運転席右側のガラス窓が降雨のため曇つていて右方の確認が十分できなかつたのであるから、停止のまま横断歩道上の歩行者の有無、動静等に注意し、その安全を確認したうえで発進すべき義務あるにかかわらず、この義務を怠り、横断歩行者はいないものと軽信し、漫然、時速約三〇キロメートルに加速しながら右横断歩道を通過しようとした過失により、前示横断歩行中の春野及び矢島トキ子の両名を約四・二メートルに迫つて初めて発見し、急制動の措置を採つたが間に合わず、被告車両前部中央付近を両名に衝突させ、両名を約一二・五メートルはね飛ばして路上に転倒させたうえ、約七・七メートル進行して停止したが、その結果、春野をして翌一一日午後三時五〇分頭蓋内損傷により死亡させたことが認められ右認定を左右するに足る証拠はない。

以上認定の事実によると、本件事故は被告の前方不注視の過失により惹起されたものであるというべきであるから、被告は民法第七〇九条の規定に基づき、本件事故により生じた亡春野及び原告らの損害を賠償すべき責任がある。

(損害)

二 よつて、以下亡春野及び原告らが本件事故により被つた損害の額につき判断する。

1  春野の逸失利益

前掲甲第三号証の五、成立に争いのない甲第三号証の四、第五号証、第一一、第一二号証、証人矢島トキ子の証言により成立を認むべき甲第四号証、第六、第七号証、右証人の証言並びに原告荻野目助本人尋問の結果によれば、春野は昭和四年二月四日生れの女性(小学校卒)で、本件事故当時四〇歳であつたが、昭和三四年頃上京した後、昭和三五年に美容師の資格を取得し、都内の美容室で美容師として勤務していたが、昭和四四年八月二日独立して世田谷区代沢に美容院の店舗を賃借して春野美容室を開業してからは、自ら美容師として稼働するとともに実妹の矢島トキ子他一名を雇用してその経営に当たり、この間結婚歴はなく、生涯美容関係の仕事に従事する心積りであつて、右開業の日から同年九月一〇日までの間において、合計金二六万五、三八〇円の収入を得る一方、人件費、店舗の賃料及び材料費等の経費として合計金八万四二二円(内金六万一、五〇〇円は人件費及び店舗賃借料であるから、上記経費金八万四二二円をもつて一か月分の経費と推認するのが相当である。)を要したこと(なお、前掲甲第七号証と第六号証を対比すると、甲第七号証中、八月二日の支出欄に三、八三〇円とあるのは三、八八〇円の、同月四日の収入欄に九、四〇〇円とあるのは九、五〇〇円の、同月一一日の同欄に六、六〇〇円とあるのは六、〇〇〇円の、同月一八日の支出欄になしとあるのは四六七円の、同月二〇日の同欄に四六七円とあるのはなしとの、同月二四日の収入欄に六、六五〇円とあるのは六、八〇〇円の、同月二五日の支出欄に二、五〇〇円とあるのは八六〇円の、同月三〇日の収入欄に六、四〇〇円とあるのは六、四五〇円の、同日支出欄に一、二〇〇円とあるのはなしとの、九月三日の収入欄に一万四五〇円とあるのは一万一、四五〇円との、甲六号証中、八月四日の合計欄に九、四〇〇円とあるのは九、五〇〇円との、同月一一日の同欄に六、六〇〇円とあるのは六、〇〇〇円との、同月二四日の同欄に六、六五〇円とあるのは六、八〇〇円との、同月三〇日の同欄に六、四〇〇円とあるのは六、四五〇円との、九月三日の同欄に一万四五〇円とあるのは一万一、四五〇円との、各誤算あるいは誤記であることが明らかである。)が認められ、右事実によると、春野は一か月平均金一一万八、六一三円の収益(年収金一四二万三、三五六円)を得たことを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。しかして、昭和四四年(春野死亡の年)以降の一般の所得金額の増加は著しいものがあつたことは当裁判所に顕著な事実であり、口頭弁論期日終結に至るまでに確認しうべき叙上の事情を逸失利益を算定するに当たり斟酌するを相当と解すべきところ、当裁判所に顕著な労働省調査賃金構造基本統計調査報告によると、産業計・企業規模計・小学・新中卒全年齢女子労働者の平均年収額の昭和四五年以降昭和四九年までの対前年度のそれに対する増加率は、昭和四五年度一九パーセント、昭和四六年度一五パーセント、昭和四七年度一三パーセント、昭和四八年度二五パーセント、昭和四九年度二六パーセントであり、右増加率は賃金労働者の賃金増加率であつて、美容業経営の場合とは異なるから、これをそのまま美容業経営の場合の収益の増加率とすることはできないが、賃金の増加率はその年度における企業収益の増加、物価事情、労働事情等の諸状況を反映したものとみるを相当とし、これに、前記認定のとおり、亡春野の場合従業員二名(内一名は実妹)を雇用する程度の個人営業であることをも考慮すると、亡春野の年収は控え目にみても右各年度の増加率の八割を下らない増加率を右各年度において示したものと推認するのが妥当であり、また、その業種からみて六七歳に達するまで稼働可能とみるを相当とし、その収入より控除すべき亡春野の生活費はその収入の五〇パーセントを上回らないものと推認されるから、以上を基礎として算出した収入額から五〇パーセントを控除し、昭和四七年一〇月九日(遅延損害金起算日の前日)まではホフマン方式、昭和四七年一〇月一〇日以降はライプニツツ方式により中間利息を控除し、本件事故時の現価を算定すると、原告荻野主張の金一、七八三万七、〇二八円を下らないことは計算上明らかである。

2  原告荻野の相続

前掲甲第一一、第一二号証及び弁論の全趣旨によると、原告荻野は春野の養子であり、春野には他に相続人はいないことが認められるから、原告荻野は春野の死亡に伴い右春野の逸失利益の侵害による損害賠償請求権を全部相続したものと認められる。

3  葬儀費用

原告荻野勗本人尋問の結果並びにこれにより成立を認むべき甲第八号証によれば、原告荻野は、春野の死亡に伴つて葬儀をとり行い、葬祭費として金二五万四、七五〇円、会食費として金七、一二六円の合計金二六万一、八七六円の支出を余儀なくされ、同額の損害を被つたことが認められる。なお、右各証拠によれば、同原告は右葬儀に際し引物代として金二二万八、五七〇円を支出したことが認められるが、引物は元来葬儀客へ弔意に対する感謝の趣旨で渡されるものであるから、これをもつて本件事故により同原告が被つた損害とみるべき性格のものと認めることはできない。

4  慰藉料

前掲甲第三号証の四、五、第一一、第一二号証、証人矢島トキ子の証言並びに原告荻野勗本人尋問の結果によれば、春野は、昭和四年二月四日父友松庄太郎と母原告友松との間に長女として生まれ、小学校を卒業した後一八歳頃の時原告友松の実家筋である荻野馨の選定家督相続人となつたが、引き続き父母のもとで生活し、前記認定のとおり、昭和三四年頃上京して美容師の資格を取得し、美容師として勤務し、昭和四四年八月二日春野美容室を開業しその経営に当たつていたこと、昭和三〇年九月一六日自己の実弟で三歳年少の原告荻野を養子としたが、原告荻野を養育したことはなく、原告荻野は妻子とともに肩書住居地に居住していたものであり、原告友松は自己の長男である友松章弘と同居し生計をともにしていることが認められ、右認定の春野と原告らとの関係に弁論の全趣旨を総合勘案すると、本件事故によつて春野が死亡したことにより被つた原告らの精神的苦痛に対する慰藉料は、各金一五〇万円が相当と認められる。

(損害の填補)

三 原告荻野が、責任保険から金三〇〇万円の支払を受け、これを自己の損害に充当したことは同原告の自認するところである。

(結論)

四 以上の次第であるから、原告荻野の本訴請求は、被告に対し、以上損害額合計金一、九五九万八、九〇四円からてん補分金三〇〇万円を控除した金一、六五九万八、九〇四円及びこれに対する本件事故発生の日の後で、本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四七年一〇月一〇日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、原告友松の本訴請求は全部理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条及び第九二条の規定を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 武居二郎 島内統 丸山昌一)

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